【読書】黒牢城

所用で出かけた時、立ち寄った本屋で見かけて手に取った「黒牢城」。
たぶん店員さんの手書きだろうイラスト付きのポップが目を引いて、なんとなくレジへ。そのまましばらく「積み」状態だったんですが、病院での待ち時間を潰すために持ち出して読み始め、そのまま読み進めて読了。

店員さんのポップだったり広告だったり、表紙の雰囲気、帯、それに本当になんとなく目についたとか。
こういう出会いがあるので、書店での本探しは面白い。

 

あらすじ

本能寺の変の四年前。
織田信長に反旗を翻し有岡城に立てこもっていた荒木村重だが、城内では奇怪な事件が相次いで、その対処に翻弄されていた。
このままでは城が落ちると危惧した村重は、織田側の使者として城を訪れそのまま囚われの身となっていた黒田官兵衛の知恵を借りる。暗い牢の中、すっかり様変わりしていた官兵衛は事件の解決につながる助言を授けてくれるが、その真意は——

 

ジャンルとしてはミステリになるんですかね。
籠城中の有岡城で、尋常ではない事件が起きる。城主の村重は臣下を問いただし自らも事件解決のために奔走するが、どうにも謎は増すばかり。
仕方なく牢に捕らえていた黒田官兵衛に助言を求め、そのヒントを頼りに事件を解決していく。

こういう構図で、矢傷が残っているのに矢が見つからない人質の死体、入れ替わっていた手柄首、使者に立つ寸前で殺害されたお坊さん……と次々と怪事件が起きては城が混乱し、勘兵衛の助言を得て村重が解決していく、という流れ。

一見すると不可能そうな犯罪であったり、不気味な事件だったり、事件そのものも面白くはあるんですが、私は普段それほどミステリを読まない上に、舞台が戦国時代の籠城中の城と特殊なこともあって、真相をあれこれ推測しながら読んだというわけではありませんでした。
なんていうかこう、「どこから鉄砲で撃たれたんだ!?」ってな状況であっても、それほど知識がないので不可能かどうかよくわからなかったんですよね。「よくわからんが、雑賀衆がいるなら誰かできるんじゃないの? 駄目?」という感じで。

なので謎解きの部分は「ほほう」ぐらいでサラッと読んでいたんですが、城主の村重を始め、城内の人たちがけっこうキャラが立っている上、強敵に囲まれた籠城中の城という状況下、様々な思惑や感情が水面下で動いているだろうことが想像できて、村重と勘兵衛、或いは臣下たちのやり取りも面白かったです。文章も重すぎず軽すぎずで読みやすくて好みでした。

事件は解決するんだけど……

籠城といっても様々なパターンがあると思いますが、村重は追い詰められて仕方なくとかヤケを起こしてというわけではなく、事前にしっかり準備して、自分から織田を裏切り、毛利の援軍を待って有岡城に立てこもっている。

そして反旗を翻したと明らかになる寸前、織田からの使者として黒田官兵衛が、有岡城を訪れるわけですが、村重が裏切るつもりでいると看破した官兵衛は「勝てない戦だからやめろ」と警告するものの、村重はその警告(或いは忠告)を押し切って織田を裏切り、籠城を敢行。
こうした場合、使者である官兵衛は斬ってしまうのが普通で、官兵衛もそれを覚悟して来ているわけだが、なぜか村重は勘兵衛を殺さず牢に捕らえておく。

このあたり、捕らえておかずに殺せと主張する官兵衛と、なぜか官兵衛を殺さず生かしておくことにこだわる村重の間で激しいやり取りがあるのですが、後にここでの両者の思惑こそがこの物語の底に横たわり続けた、太く暗い流れのようになっていると判明するわけです。

物語の序盤では、籠城中とはいえ城内は落ち着いていて、村重の臣下たちの士気も高い。充分に勝てると思っているし、城主の村重の力量も信じているからです。
しかしそこで、最初の事件が起きる。人質として預かっていた若者が死体となって発見されるものの、致命傷と思われる矢傷はあれど矢は見つからず、おまけに人質がいた部屋は周囲を新雪に囲まれたほぼ密室。いったい誰がどうやってこの若者を殺害したのか? この人質の処遇を巡っては家内で議論があったものの、村重がけっして殺さないようにと決を下していたので、それに逆らって彼を殺害した「誰か」を放置しておくわけにはいきません。挙句に城内には仏罰だという噂まで流れ始める始末。このままでは城主の威厳が失われ、籠城にもつながりかねない——。

村重はただの力任せな武者ではなく、知勇兼備、そして籠城開始時点では人望も充分に備えた武将。なので最初はもちろん、自分で解決しようと奔走します。臣下を呼び出し状況を聞いて、自分でも現場を見聞して犯行の手段を検討する。
しかしやはり謎は解けず、仕方なく牢に捕らえておいた勘兵衛の意見を聞くことに。何しろ官兵衛は広く知られた智謀の士。彼ならこの難事件の真相も解明できるかもしれません。

この勘兵衛、ずっと牢に捕らえられているわけで、当然だが外で何が起きているかなど知るわけもない。
まして籠城中に、城主が捕らえた敵将を連れ出して現場を見せるわけにもいきません。そんなことしたら村重のメンツは丸つぶれ、「敵将の知恵を借りないと城内の揉め事も解決できないのか」と臣下に侮られることは目に見えている。

それでどうやって解決するんだって話ですが、さすがは黒田官兵衛というべきか、村重から事件の概要を聞いただけで真相を解明。しかし解答をそのまま話すわけでもなく、思わせぶりなヒントを出して村重に真相を考えさせます。

これも安楽椅子探偵の亜種みたいなものですかね。官兵衛はいっさい現場に足を運ばないのですが、村重からの情報だけでサクッと解決。凄いぞ勘兵衛。
それ以前に囚えられた時にはあれだけ殺せと主張していたのに、事件解決に知恵を貸せといわれてわりとあっさり協力してやるあたり、やっぱ牢の中でやることもなくて暇なのかな勘兵衛……と思いながら読んでいましたが、この勘兵衛の態度こそ有岡城に、そして村重に降りかかる最大の難事の伏線でもありました。

こうして事件は解決するのですが、それで安心……とはならず。

事件は解決する。でも次の怪事件がおきる。そしてそれも解決する。

なのに、城内の状況はじわじわと悪くなっていきます。

敵は相変わらず城を囲んでいる、援軍はまだ来ない。

味方の不和の種がうっすらと見えてくる。争いごともある。

何かが劇的に崩れたわけではない。まだまだ城は持ちこたえそうに見える。しかし村重の城内での影響力は確実に衰え、崩壊の気配はただよっている……。

この構図が凄く面白くて引き込まれました。
事件は解決しているんですよ。犯人はわかったし、トリックも解明されている。勘兵衛のヒントを読み解き、村重が正解にたどり着いて、臣下を集めて説明する。そこでみんな、「なるほど、そういうことだったのか」と納得する。

でも事態は、というか状況は改善しないし、むしろじわっと悪くなっていく。
考えてみたら当然で、籠城している、囲んでいる敵は諦める気配はない、そして味方はこない、この閉塞感は何一つ払われていないわけです。城内で起きた奇怪な事件が一つ二つ解決したところで、戦が有利になるわけじゃない。かといって、この事件を放置したら落城しかねない。だから勘兵衛の知恵を借りて解決して、一瞬だけ「良かった良かった」という空気になるけど、まあ何も良くなってはいない。当然。

事件を解決するために村重は幾度も勘兵衛の知恵を借りに牢へ赴くわけですが、村重自身、うすうす「何かあるたびに囚えた官兵衛を頼るのもなあ」と思っている風はある。
読んでいる方としても、村重が謎に行き詰まって官兵衛を頼りにするたび、「なんだかこれ、悪魔との取引みたいだな……」という嫌な空気を感じ始める。何しろ相手は囚えられた身で、しかも当人は死にたがっていたわけだから、本来なら村重に協力してやる理由などない、はず。
なのに勘兵衛の力を借りて、事件そのものは確かに解決している。この気持ち悪さが気持ち良い。

終盤、全ての謎は解けて

そして終盤へと向かうと、城はいよいよ危うくなります。来るはずの毛利の援軍がこない。
事件が重なるたびに村重の支配力は少しずつすり減っていき、臣下との間に微妙な溝もできてくる。

そしてついに最後の事件をきっかけに、この城で何が起きていたのか、最初の事件からここに至るまでの事件を繋いでいた糸、誰が、何のために、何をしていたのか。そうしたことが明らかになり、その流れは最初の「なぜ村重は勘兵衛を殺さないことにこだわったのか」「なぜ勘兵衛は自分を殺すようにとあれほど主張したのか」に収束していきます。

この終盤の流れ、特に村重と勘兵衛らのやりとりは凄く面白くて、「ああ、結局はこういうことで、ここから始まっていたのか」と全てが結びついていく。

事件の真犯人というか、誰が関わっていたのか、というような部分は、途中で察しがつくんですよね。まあこの人だなっていう。
でも私はなぜその人が事件に関わったのか今ひとつわからなかったし、官兵衛がなぜ律儀に助言をくれるのかもぼんやりとしか推測できないでいました。
それが終盤で綺麗に形におさまっていって、すとんと腑に落ちる感覚は気持ち良い。そして彼らがこの激動の時代を何を思って生きていたのかも、なんだかしみじみした気持ちで読めました。

文庫としてはけっこうボリュームのある本なのですが、事件がおきるたび、そして解決しても、続きが気になって一気に読んでしまいました。
ここ最近、読書はしていても小説からは少しはなれていたんですが、また読みたい欲が湧き上がってきたかも。

 

 

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